代表行政書士 清水 一広(しみず かずひろ)
小学校から高校までは(埼玉県戸田市中心)で過ごしました。
高校は、東京都豊島区池袋の豊島学院高等学校に進学しました。
初めての電車通学を体験しました。
特に印象深かったことが2点あります。
第一は、満員電車として有名な埼京線で通学しました。
赤羽から埼京線に乗り換えたのですが、全く身動きが取れず降りる人の波にのって電車のドアが駅について開くと
流される感じでした。
青春の波とは、人の波に流されたのが通学の思い出です。
第二は、当時20年ぐらい前に赤羽駅の北口改札内に「赤羽ラーメン」という構内の立ち食いのラーメン屋さんがありました。
結構有名で、値段も当時380円と安く毎週土曜日帰りにかかさず食べていました。
正に、青春の味です。
大学時代について
大学時代について
東京の中ではのどかな八王子市にある
帝京大学法学部に入学しました。
大学の1年生の頃は特に真面目に勉強していました。
たぶん、人生で1番勉強したと思います。
通学に片道2時間ぐらいかかったのですが
朝の1限~5限まで月曜日から土曜日まで履修して
1年生で100単位以上取得しました。
友人の中で一番多かったです。
帝京大学の最寄り駅が京王の聖蹟桜ヶ丘駅です
そこから帝京大学まであるくと1時間ぐらい歩くとかかるのですが
スタジオジブリの「耳をすませば」の世界がそこにあります。
森も家も、電車も、坂も、空も街も道もすべてがこの映画の世界です。
ふと、学生時代が懐かしくなったら
僕は、「耳をすませば」を見ています。
小学校の教員として働く
当時中学校の社会科の教員の倍率は、100倍を超えていました。
中学校の先生になりたいと思っていたのですが相当厳しかったです。
大学卒業後、玉川大学教育学部通信教育課程に編入して小学校教員の免許を取得しました。
正規の教員には、なれなかったのですが公立の常勤講師の話をすぐ頂き
2年生、3年生、4年生の担任をしました。
特に思い出に残っているのは、「ちいちゃんのかげおくり」国語の授業で教えたのが考え深いです。3年生の国語では代表的な題材です。子供の中に落とし込めたかは分かりませんが楽しかったのを覚えています。
福岡に転居してからも、小学校教員として担任以外の教務補助として支援をしていました。
行政書士開業のスタートラインに立って
愛される行政書士をめざして
「どうして行政書士になったのですか」とよく聞かれるのですが
僕が行政書士資格試験に合格したのが平成17年度の試験で
教員をしていましたが、大学で法律を勉強したので法律に関係する仕事をしてみたいとおもっておりました
時がきたとう感じにちかいかもです。
行政書士になってからベテランの行政書士の先生の事務所で仕事を教えて頂いたり、時には、業務について先輩の先生の事務所に
伺って業務を教えて頂いたり。
しながら、実務を身に着けました。
僕は、恵まれているなと日々感謝しております。
恩送りがでるように、成長していきたいです。
そのような形で実務を学び
主にアポスティーユ申請・公印確認、建設業許可関係や遺言相続続き、会社設立、在留資格申請などに
力をいれてライフワークのように取り組んでいます。
1つの分野に特化するといのは、いいというのは、分かるのですが多角的に捉えた方が業務をするうえでお客様のお役にたてることが多いと僕は感じました。
だから、専門分野にこだわらず
様々な手続きでお困り方をサポートさせていただくことをポリシーに
業務に取り組んでいます。
好きな言葉
隗より始めよ
(物事は言い出した者から始めよの意味)
経営理念
- 日本一愛される行政書士をめざして!!
- 1+1= 2 当たり前を確実に!
- 恕の精神
尊敬する人物
わたしの父です。令和元年6月に亡くなりました。
偉人としては、私が埼玉県出身であるので渋沢栄一を尊敬しています。
『論語と算盤』が愛読書です。
資格等
行政書士
申請取次行政書士
所属団体
- 日本行政書士会連合会
- 福岡県行政書士会
- 行政書士会福岡中央支部
- 行政書士八年会
- 福岡青年会議所シニアクラブ
宜しくお願い致します。